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過去の展覧会 平成30年度

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年3月17日更新

永田萠 ―夢見るチカラ―展 平成29年3月24日~5月13日

 永田萠チラシ表 永田萠チラシ裏

 当館でもおなじみとなったイラストレータ―・絵本作家として活躍中の永田萠。兵庫県加西市出身で現在は京都在住。

 1975年イラストレーターとして独立し、1978年出版の絵本「もえと妖精たち」依頼40年を超える画業の中で160冊を超える絵本・イラストレーション等の作品を発表。永田はその画業のなかで、一貫して色彩感と透明感にあふれる瑞々しい画面に、やさしさをちりばめながらも現実をみつめ生き抜く信念を込めて描き続けています。本展では、それを「夢見ることは生きる力」すなわち「夢見るチカラ」としてあらためて見る人に訴えかけます。

 当美術館では、氏の作品を通じて、自分を含め人間を愛するこころを醸成するきっかけになることを願い、この作品展を開催します。

生誕110年 作品受贈記念 川端謹次展-光と新緑を求めて- 平成30年5月26日~7月8日

川端謹次展表  川端謹次展裏

 川端謹次は1909年(明治42年)に現在の丹波市柏原町柏原に生まれました。東京美術学校(現在の東京芸術大学)に進学し憧れであった藤島武二に師事します。卒業後は仙台陸軍幼年学校や兵庫県立長田高校、関西大学、神戸山手女子大学などで美術を教えながら制作を続け、1955年(昭和30年)には「潮風」で日展の特選を得ました。川端は、「光と空気と水」をモチーフに、外光のなかで特に空気感と水のきらめきというものの表現を追求してきたと語っています。

 平成12年に遺作の内、50点を丹波市に寄贈頂き、当館では計5回にわたって企画展を実施してきました。昨年には油彩画153点、水彩画22点、その他スケッチ類、版木等の作品を寄贈頂いたこと、また来年は生誕110年にあたることから、このたび記念展として川端謹次展を開催します。

 今回記念展では永く作家の手元に遺されてきたものばかりを紹介する予定で、初公開のものも多く含まれます。前期展では小品や草花のスケッチ類など、作家の作品制作の過程やその息づかいが感じられるような作品を多く紹介します。

岩合光昭の世界ネコ歩き写真展  平成30年7月14日~9月9日

   ネコチラシ表   ネコチラシ裏

 NHK BSプレミアムの人気番組「岩合光昭の世界ネコ歩き」が写真展になりました。「ネコは人間とともに世界に広まった。だからその土地のネコはその土地の人間に似る」と語る動物写真家・岩合光昭。

 本展は、岩合氏がヨーロッパ、アフリカ、アメリカ、アジアなど世界15地域で出会ったネコたちの写真作品を中心に、番組未公開映像を加え展覧します。ネコたちの愛らしい表情や仕草、一瞬の動きをとらえた写真は、多くの人々を魅了することでしょう。番組ファンはもちろん、ファンならずとも楽しめる“イワゴーワールド”をぜひご覧ください。

ミュシャ ‐運命の女たち‐展  平成30年10月27日~12月24日

  ミュシャ1   ミュシャ2

 19世紀末から20世紀初め、西欧を中心に広がりを見せた芸術思潮・運動であるアール・ヌーヴォーの旗手としてその中心であったアルフォンス・ミュシャ。1860年現在のチェコ共和国で生まれた彼は、1887年フランス・パリに渡り、美術アカデミーなどで学んだ後挿絵画家としてまた装飾家として活動していましたが、1994年偶々依頼された劇場ポスター「ジスモンダ」の成功により、女優サラ・ベルナール共々一躍表舞台に立ちます。その後は、ミュシャ様式とも呼ばれる曲線を多用した華麗な装飾に縁取られた象徴的な女性をモチーフにした作風は、アール・ヌーヴォーの中心的な位置を占め、自身はポスターや装飾パネル、デザインの分野で活躍しました。

  1904年からはアメリカでも活動し、1910年にチェコに戻った後は、画家として自身の画業を全うするため、かねてから構想していた大作「スラブ叙事詩」の制作に着手し、並行して母国のために切手や紙幣のデザインやポスターの制作も行い、チェコを代表する画家として祖国を想い民族色に彩られた個性的な作品を産み出していきました。

 本展では、ミュシャの祖国チェコの医師ズデニェク・チマル博士の親子三代にわたる膨大なコレクションから、代表的なリトグラフのポスターや、装飾パネル、素描、挿絵原画、油彩画など約150点を選び紹介します。彼自身がかかわってきた初恋の人をはじめ作品のモデルにもなった娘ヤロスラヴァまで、ミュシャの作品とその生涯を彩った女性たちを「運命の女たち」として捉え、ミュシャの作品世界に迫ります。

作品受贈記念 生誕110年 川端謹次展(後期展) 平成31年1月26日~3月17日

川端謹次展チラシ  川端謹次展 チラシ裏

 川端謹次は1909年(明治42年)に、現在の丹波市柏原町柏原に生まれました。幼少期より絵と工作が好きで、高等小学校卒業時に、当時の東京美術学校に入ることを夢見て、旧制柏原中学校へ進学しました。そこへ、東京美術学校を次席で卒業したばかりの後の日本画家山本求(茂斗萠)が赴任し、彼が作品を集めて開催した西洋画展覧会で藤島武二の絵を見て憧れ、本格的に画家を志しました。

 1932年(昭和7年)に東京美術学校に入学し、本科に進んだ翌年から藤島武二の教室で4年間西洋画を学びました。

 卒業後は、仙台陸軍幼年学校や、兵庫県立長田高校、関西大学や神戸女子短期大学などで美術を教えながら制作を続け、光風会展や日展に出品し、1998年(平成10年)に89歳で亡くなりました。

 川端の絵は、「光と空気と水」をモチーフに、外光のもとで、特に空気感と水のきらめきというものの表現を一貫して追求してきたと本人は語っています。特に1955年(昭和30年)日展で特選を得た「潮風」では遠景で空と海が溶け合って、近景ではテント越しの夏の陽射しのきらめきと空気感を描き切った作品として著名です。

 本人は作品を売ることは極めて少なく、自宅アトリエに作品の大部分を保管しておられましたが、阪神淡路大震災でアトリエが倒壊して多くの作品が犠牲になり、それを機に平成12年に神戸市へ172点、当館へは50点の作品が寄贈されました。その後2017年(平成29年)には小品を中心に遺族の手許に残っていた油彩画153点、スケッチ類、画巻、版木類などが当館へ寄贈されました。

 この度は比較的大型の作品を中心に後期展として紹介します。