友政城跡
市指定文化財(史跡) 昭和54年3月19日指定
- 所在地 市島町中竹田
- 所有者 友政区
- 管理者 友政区

友政城跡は、別名日裏ケ城跡とも呼ばれる。南は倉崎、北は友政の両部落を抱いて、高谷山系支脈の西に走る所、海抜約200メートルの尾根の末端にある。
天正期に落城するまでは、黒井城をはじめ鹿集・長谷・譽田等各城相互連絡の拠点であった。
遺構は高谷山より西に続く尾根(俗称城山)の頂上で、東から天守跡があり、西へ本丸以下4段になり、面積は本丸が最大で900平方メートル余ある。石垣は築かれず、尾根を整形して曲輪を連ねている。
友政城跡についての記録は、「丹波志」「氷上郡誌」等に詳述されている。当地方には砦や土豪の居館跡が城跡と称され十数ケ所あったようであるが、今日では殆どが当時の様相を失っており、原型をとどめているのは、この友政城跡と譽田城跡だけである。
更新日:2024年03月19日